価格転嫁したいのに、言い出せない。中小企業が知っておきたい「取適法」

「原材料費が上がったので、価格を見直したい」

「人件費も上がっているので、今の価格では厳しい」

「でも、取引先に値上げをお願いするのは、なかなか言い出しにくい……」

そんな悩みを抱えている中小企業は少なくありません。

前回の記事「賃上げしたい。でも、その原資はどこから? 中小企業が考えるべき『価格転嫁』」では、賃上げを継続するためには、企業が適正な利益を確保することが重要であり、そのためには価格転嫁も重要な経営課題になることについて紹介しました。

では、価格転嫁を進めたいと思ったとき、取引先との交渉はどのように行えばよいのでしょうか。2026年1月1日から、これまでの「下請法」が改正され、「中小受託取引適正化法」、通称「取適法」が施行されました。

今回は、価格転嫁を考える中小企業の経営者が知っておきたい、取適法のポイントを整理します。

■ 「価格転嫁したい」と言い出しにくい理由

価格転嫁の必要性は分かっていても、実際の交渉となると、簡単ではありません。

例えば、

  • 「取引先との関係を悪くしたくない」
  • 「値上げしたら他社に切り替えられるかもしれない」
  • 「長年この価格でやってきたので、今さら言いにくい」
  • 「原材料費は説明できても、人件費の上昇をどう説明すればいいか分からない」
  • 「そもそも、どの程度値上げすべきなのか分からない」

といった悩みがあります。

特に、中小企業がサプライチェーンの下流に位置している場合、取引先との力関係から、価格について交渉すること自体にハードルを感じるケースもあります。

しかし、コストが上昇しているにもかかわらず、価格を据え置き続ければ、その負担は自社が引き受けることになります。利益が減れば、賃上げも設備投資も難しくなります。だからこそ、価格について適切に協議できる環境を整えることが重要になっています。

■ 2026年1月、「取適法」が始まった

そこで知っておきたいのが「取適法」です。正式名称は、中小受託取引適正化法。2026年1月1日に施行され、これまでの下請法から名称が変わっただけでなく、取引適正化に向けたルールも強化されています。

取適法は、簡単にいうと、委託事業者と中小受託事業者との取引において、中小受託事業者が不当に不利益を受けることを防ぎ、公正な取引環境を整えるための法律です。

今回の改正で特に注目したいのが、「協議に応じない一方的な代金決定」の禁止です。

■ 「価格について話し合いたい」と言ったのに、協議してもらえない?

例えば、受注している企業から、「原材料費や労務費が上昇しているため、価格について一度協議させてください」と申し入れたとします。

それに対して、「うちは価格を変えるつもりはありません」と協議そのものを拒否したり、回答を引き延ばしたり、必要な説明や情報提供をしないまま一方的に価格を決めたりする。

こうした行為は、取適法における「協議に応じない一方的な代金決定」に該当する可能性があります。

ここで大切なのは、「値上げ要求をしたら、必ず希望した価格になる」という法律ではないということです。

公正取引委員会のQ&Aでも、受注者が希望した引上げ額の全部または一部を受け入れないこと自体が直ちに問題になるわけではなく、重要なのは実質的な協議が行われているかどうかとされています。

一方で、必要な説明や情報提供をせず、一方的に代金を決めることは問題となる可能性があります。

つまり取適法が目指しているのは、「値上げを認めさせること」ではなく、「価格についてきちんと協議できる取引環境をつくること」と考えると分かりやすいでしょう。

■ 「価格を据え置く」ことも対象になる

もう一つ、知っておきたいポイントがあります。

一方的な代金決定というと、「値上げを拒否して安い価格を押し付ける」というイメージを持つかもしれません。

しかし、公正取引委員会の運用基準では、代金の「決定」には、代金を引き上げることだけでなく、引き下げることや、従来の価格を据え置くことも含まれるとされています。

例えば、原材料費や労務費など、価格に影響するコストが大きく変動しているにもかかわらず、「今までこの価格だから」という理由だけで協議をせず、従来の価格をそのまま据え置く。

このようなケースについても、取適法の対象となる可能性があります。

「値上げを断られた」というだけで判断するのではなく、どのような協議が行われ、どのような説明を受けたのかを見ることが重要です。

■ 労務費の上昇も、価格交渉の対象になる

価格転嫁を考えるうえで、特に重要なのが「労務費」です。

原材料費なら、「仕入先からの購入価格が○%上がった」と説明しやすいかもしれません。

しかし、「従業員の賃金を上げたので、価格も上げたい」という話は、これまで取引先に伝えにくいと感じる企業もありました。

ところが、人件費も商品やサービスを提供するために必要なコストです。

公正取引委員会は「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」を公表し、労務費の上昇分についても適切に価格へ反映するための考え方を示しています。

つまり、「人件費が上がったのは自社の事情だから、価格には反映できない」と最初から考えるのではなく、「人材を確保し、事業を継続するために必要なコスト」として、価格について協議することも重要になっています。

■ だからこそ、「価格交渉の準備」が重要

では、取適法ができたから、すぐに取引先へ「値上げしてください」と伝えればよいのでしょうか。もちろん、それだけでは十分ではありません。価格交渉を行うためには、まず自社の数字を整理することが重要です。

例えば、

01|原材料費

主要な材料の仕入価格がどの程度変化しているか。

02|労務費

最低賃金や採用市場の変化、人件費の上昇がどの程度あるか。

03|エネルギー・物流費

電気・ガス・燃料・物流などのコストがどう変化しているか。

04|外注費

協力会社への支払額がどの程度変化しているか。

05|現在の利益

今の販売価格で、どの程度の利益が残っているのか。

こうした数字を整理すると、「なぜ価格を見直す必要があるのか」を自社でも説明しやすくなります。そして、取引先との協議でも、単に「コストが上がったので値上げしてください」と伝えるのではなく、「これだけコスト構造が変化しているため、現在の価格では事業を継続することが難しくなっています」と、具体的な根拠を示しながら話すことができます。

■ 取適法は「値上げの武器」ではなく、協議の土台

ここは誤解しないようにしたいポイントです。

取適法があるからといって、「自社が希望する価格を必ず認めてもらえる」わけではありません。最終的な価格は、取引条件やコスト、提供する価値などを踏まえて、当事者間で協議して決めるものです。

一方で、「価格について話し合いたい」という申し入れそのものを無視したり、必要な説明をしないまま一方的に価格を決定したりすることについては、法律上のルールが設けられています。

だからこそ、取適法を「値上げを認めさせるための法律」と捉えるより、「価格について、適切に話し合うための環境を整える法律」と捉えるほうが実態に近いでしょう。

■ 取引適正化は、サプライチェーン全体の問題

価格転嫁について考えるとき、自社だけを見ることもできません。

例えば、

二次・三次サプライヤー
↓
一次サプライヤー
↓
メーカー
↓
最終顧客

というサプライチェーンがあるとします。

上流の企業では材料費や人件費が上昇している。

しかし、そのコストを販売価格に反映できなければ、上流に行くほど負担が積み重なってしまいます。

特に中小企業では、大企業と比べて価格交渉力に差がある場合もあります。

だからこそ、取引適正化は一社だけの問題ではありません。

サプライチェーン全体で適正な価格を形成し、そこで生まれた利益を賃上げや設備投資につなげていく。

これが、持続的な賃上げや企業の成長を考えるうえでも重要になります。

■ 価格交渉の前に、自社で確認したい5つのこと

取適法を知ったからといって、すぐに法律相談が必要になるとは限りません。まずは、自社の取引を整理するところから始めてみましょう。

01|どの取引が取適法の対象になっているか

取引内容や事業者の規模などによって適用関係が異なります。

02|現在の価格は、いつ・どのように決まったか

長年同じ価格のままになっていないか確認します。

03|原材料費・労務費などは、どの程度変化したか

価格に影響するコストを整理します。

04|現在の価格で、適正な利益を確保できているか

売上だけでなく、実際に残る利益まで確認します。

05|価格交渉の根拠を説明できるか

「値上げしたい」ではなく、「なぜ見直しが必要なのか」を数字で説明できる状態にします。

■ 「言い出せない」から、一歩進むために

価格転嫁は、単純な値上げの話ではありません。

原材料費が上がった。

人件費も上がった。

それでも販売価格が変わらなければ、会社がその負担を抱えることになります。

そして利益が減れば、

賃上げもできない。

人材も採用できない。

設備投資もできない。

将来への投資もできない。

そんな状態につながる可能性があります。

だからこそ、「価格を上げてもらえるか」ではなく、「事業を継続するために、どのような価格が必要なのか」を自社でも整理し、取引先と適切に協議していくことが重要です。

2026年から始まった取適法は、そのための取引環境を整える新しいルールの一つです。ただし、法律を知るだけでは会社の収益構造は変わりません。自社の原価、利益、価格、取引条件を整理し、「今の価格で、この先も会社を続けていけるのか」を考えることから始めてみてはいかがでしょうか。

クレッシェンドアソシエイツでは、価格だけを切り離して考えるのではなく、財務状況や事業計画、設備投資、人材なども含めて会社全体を整理し、今後の経営判断につながる選択肢を一緒に検討します。

「価格交渉をしたいけれど、何を根拠に話せばいいのか分からない」

そんな段階からでも、ご相談いただけます。

価格転嫁を、単なる値上げではなく、会社の収益構造を見直すきっかけにしてみませんか。

飯塚甲生 <26年の実績 × 中小企業診断士の専門知識>

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