賃上げしたい。でも、その原資はどこから? 中小企業が考えるべき「価格転嫁」

「従業員の賃金は上げたい。でも、その原資をどこから出せばいいのか……」

人手不足が続く中、従業員の確保や定着のために、賃上げを検討する中小企業は少なくありません。

一方で、原材料費やエネルギー費、物流費、人件費など、企業を取り巻くコストも上昇しています。

売上が増えていても、コストの上昇分を販売価格に反映できなければ、会社に残る利益は増えません。

前回の記事「『最低賃金が上がるから人件費が増える』だけで終わらせない。中小企業が考えたいこと」では、最低賃金の引き上げを単なる人件費の問題として捉えるのではなく、業務改善や設備投資、価格設定など、会社全体を見直すきっかけとして考えることについて紹介しました。

では、賃上げを継続していくための原資は、どこから生まれるのでしょうか。

その一つが、「価格転嫁」です。

■ 価格転嫁は「値上げ」だけの話ではない

「価格転嫁」と聞くと、

「原材料費が上がったから、販売価格を上げる」

というイメージを持つかもしれません。

しかし、本来考えたいのは、単純な値上げだけではありません。

原材料費、エネルギー費、物流費、外注費、そして人件費など、商品やサービスを提供するために必要なコストを把握したうえで、

「この仕事をこれからも続けていくためには、どの程度の価格が必要なのか」

を考え、取引先と協議していくことです。

中小企業白書でも、価格転嫁を進めるためには、価格交渉の場を設けることに加え、商品・製品の原価構成を把握して交渉することが重要だとされています。

つまり、価格転嫁は「値段を上げてもらうお願い」だけではありません。

会社が事業を継続し、従業員に適切な賃金を支払い、将来への投資を行うために必要な価格を考えること。

これも経営の重要な仕事です。

■ 「賃上げ」と「価格転嫁」は、切り離して考えられない

例えば、ある製造業の会社を考えてみます。

原材料費が上がる。

電気代も上がる。

人材を確保するために、給与も上げたい。

ところが、取引先への販売価格は何年も変わっていない。

この状態が続けば、

コスト上昇
↓
利益が減る
↓
賃上げの余力がなくなる
↓
人材を確保しにくくなる
↓
さらに人手不足になる

という循環に陥る可能性があります。

逆に、コスト上昇を適切に価格へ反映できれば、

適正な価格設定
↓
利益を確保
↓
賃上げ・人材育成
↓
設備投資・生産性向上
↓
付加価値を高める
↓
さらに利益を生み出す

という循環を目指すことができます。

もちろん、価格転嫁をすれば自動的に賃上げや成長につながるわけではありません。

しかし、賃上げの原資を確保するためには、会社が適切な利益を確保できる取引環境が必要です。

政府や公正取引委員会が価格転嫁を継続的に推進している背景にも、こうした考え方があります。

公正取引委員会も、労務費の適切な転嫁を含む適正な価格設定をサプライチェーン全体に定着させ、持続的な賃上げにつなげることが、成長型経済への移行に必要だとしています。

■ なぜ「価格転嫁できない」のか

ところが、実際には価格転嫁は簡単ではありません。

「取引先に値上げをお願いしにくい」

「長年同じ価格で取引している」

「他社より高くなったら、仕事を失うかもしれない」

「人件費が上がったことを、どう説明すればいいのかわからない」

そんな悩みを抱える企業もあります。

特に難しいのが、労務費の価格転嫁です。

原材料なら「仕入価格が○円上がった」と説明できます。

一方、人件費については、

「従業員の給与が上がったので、価格を上げたい」

と伝えることに、心理的なハードルを感じる経営者もいるでしょう。

公正取引委員会の「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」でも、労務費は受注者側から特に価格転嫁を言い出しにくいコストであることが指摘されています。

だからこそ、労務費についても、原材料費やエネルギー費と同じように、事業を継続するために必要なコストとして考えることが重要です。

■ 「値上げしてください」だけでは、価格交渉にならない

では、価格転嫁を進めるためには何が必要なのでしょうか。

まず確認したいのが、自社の原価です。

例えば製造業なら、

  • 材料費
  • 労務費
  • 外注費
  • 電気・ガスなどのエネルギー費
  • 物流費
  • 設備の維持費
  • その他の経費

などを確認します。

そして、

「この製品を1個つくるために、実際にどれくらいのコストがかかっているのか」

を把握します。

さらに、

「この価格で販売した場合、どれだけ利益が残るのか」

「人件費がさらに上がった場合、利益はどうなるのか」

「設備更新が必要になった場合、この価格で対応できるのか」

といったところまで考えてみる。

2025年版小規模企業白書では、製品・商品・サービスの原価構成や利益を把握している事業者の方が、費用増加分の50%以上を価格転嫁できたと回答する割合が高いことが示されています。これは因果関係を直接示すものではありませんが、自社の原価と利益を把握したうえで価格交渉を行うことの重要性を示す結果といえます。

価格転嫁の第一歩は、取引先との交渉より前に、自社の数字を知ることなのかもしれません。

■ サプライチェーン全体で考える「価格転嫁」

もう一つ重要なのが、自社だけで価格転嫁を考えないことです。

例えば、

二次・三次サプライヤー
↓
一次サプライヤー
↓
メーカー
↓
最終顧客

というサプライチェーンがあったとします。

下流の企業が価格を据え置けば、その影響は上流の企業にも及びます。

逆に、一つの企業だけが価格転嫁しても、その先の取引先が価格を据え置けば、サプライチェーン全体では問題が解決しないことがあります。

2025年版小規模企業白書でも、取引段階が最終製品・サービスを提供する企業から下流になるほど、価格転嫁が進みにくい傾向が示されています。

だからこそ、価格転嫁は、

「自社がどれだけ値上げできるか」

だけではなく、

「サプライチェーン全体で、適正な価格をどう形成していくか」

という視点も必要です。

公正取引委員会の労務費転嫁指針でも、発注者が直接の取引先だけでなく、その先の取引先の労務費なども含めて、サプライチェーン全体で適切な価格転嫁を考えることが示されています。

■ 2026年から「取適法」も始まっている

こうした価格転嫁をめぐる取引環境の整備として、2026年1月から「取適法」が施行されました。

正式名称は「中小受託取引適正化法」。

旧下請法を改正したもので、取引適正化を進めるため、協議に応じない一方的な代金決定の禁止などが盛り込まれています。

これは、

「取適法があるから、希望する価格に必ず上げてもらえる」

という意味ではありません。

大切なのは、価格について適切に協議できる環境を整えることです。

公正取引委員会の労務費転嫁指針でも、受注者から労務費の上昇を理由として価格引上げを求められた場合には、発注者が協議のテーブルにつくことなどが示されています。

2026年1月から取適法が施行され、3月と9月は「価格交渉促進月間」とされています。

つまり、今はまさに、「価格をどう決めるか」を改めて考える時期でもあります。

■ 価格転嫁できたら、それで終わりではない

ここまで読んで、

「では、価格転嫁できれば会社の問題は解決するのか?」

というと、そうとも限りません。

重要なのは、価格転嫁によって確保した利益を、次にどう使うかです。

例えば、

  • 従業員の賃上げ
  • 人材育成
  • 採用
  • 設備投資
  • IT・AIの導入
  • 借入金の返済
  • 新規事業への投資
  • 研究開発

など。

特に人手不足が続く中では、賃上げだけでなく、省力化や設備投資によって一人ひとりが生み出す付加価値を高めることも重要になります。

価格転嫁によって生まれた利益を、会社の将来にどう振り向けるのか。

そこまで考えて初めて、価格転嫁が「値上げ」で終わらず、会社の成長につながる経営判断になります。

■ 価格転嫁を考えるとき、確認したい5つのこと

最後に、自社の価格を見直す際に確認したいポイントをまとめます。

01|自社の原価を把握できていますか?

材料費だけでなく、労務費、外注費、エネルギー費、物流費なども含めて確認します。

02|人件費の上昇を価格に反映できていますか?

最低賃金だけでなく、採用・定着のための賃金水準も含めて考えます。

03|商品・顧客ごとの利益を把握していますか?

売上が大きい仕事が、必ずしも利益を大きく生んでいるとは限りません。

04|価格交渉の根拠を説明できますか?

「コストが上がったから」だけではなく、原価や利益の状況を整理しておくことが重要です。

05|確保した利益を何に使いますか?

賃上げ、設備投資、人材育成など、次の成長につながる使い道まで考えておきます。

■ 価格転嫁を考えるとき、確認したい5つのこと

「最低賃金が上がるから、人件費が増える。」

確かに、それは会社にとって大きな変化です。

しかし、その先にある問題を考えると、

「増えた人件費を、どう吸収するか」

だけではなく、

「これからも人件費を支払い、利益を残していくために、会社はいくらで商品やサービスを提供すべきなのか」

という視点が必要になります。

価格転嫁は、単に「値上げをお願いする」という話ではありません。

自社の原価を知り、適正な価格を考え、取引先と協議し、確保した利益を人や設備、事業の成長に振り向ける。

そう考えると、価格転嫁は取引先との交渉だけの問題ではなく、自社の収益構造を見直す経営課題でもあります。

「売上はあるのに、なかなか利益が残らない」

「賃上げしたいが、その原資を確保できない」

「価格交渉をしたいが、何を根拠に話せばいいかわからない」

そんなときは、まず自社の原価、利益、価格、そして今後必要になる投資を整理してみることから始めてみてはいかがでしょうか。

クレッシェンドアソシエイツでは、価格だけを切り離して考えるのではなく、財務状況や事業計画、設備投資、人材などを含めて会社全体を整理し、今後の経営判断につながる選択肢を一緒に検討します。

「価格を見直したい。でも、どこから考えればいいかわからない」

そんな段階からでも、ご相談いただけます。

飯塚甲生 <26年の実績 × 中小企業診断士の専門知識>

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